タグ : 野口英世
野口英世とアメリカ(12)
2018年9月24日 文芸散策
10.人生の不思議 英世の人生を振り返ると、「人間万事塞翁が馬」という言葉が頭をよぎる。彼が、1歳半で火傷をしたことは、大変な悲劇だ。母シカは、一生自分の不注意を責め続けた。「このような左手では、鍬を握れない。百姓はでき …
野口英世とアメリカ(11)
2018年9月23日 文芸散策
9. 日本の医学会への反発 もし、英世が日本に止まっていたならば、帝大卒でなく、平民出身であるが故に、十分な研究ができなかったであろうし、また優れた論文を書いたとしても、正当な評価を受けることはなかったであろう。それを英 …
野口英世とアメリカ(10)
2018年9月22日 文芸散策
8.アメリカでの評価 英世の伝記には、アメリカでの生活はあまり詳しく書かれていない。彼に関する伝記が多く書かれた時代には、アメリカに調査に行くのが困難であったことが、その理由であろう。 私は、多くの日本人の例からして、ア …
野口英世とアメリカ(9)
2018年9月21日 文芸散策
7.メリーとの結婚 1911年4月10日、野口英世は、メリー・ダージスと結婚した。この経緯および、英世の妻メリーついては、『英世の妻』(飯沼信子著 新人物往来社)に詳しく記載されている。メリー・ダージスは、アイルランド移 …
野口英世とアメリカ(8)
2018年9月20日 文芸散策
6. ロックフェラーと英世の出会いはなかったのか 英世はロックフェラー医学研究所において、看板研究者的な存在にまで上りつめていた。それだけの実績を生み出していたし、所長のフレクスナーからは、愛弟子と …
野口英世とアメリカ(7)
2018年9月19日 文芸散策
5.野口英世とジョン・ロックフェラー 英世は1903年秋、念願の欧州留学のチャンスを得る。行き先は、デンマークの首都コペンハーゲンにある血清研究所。尊敬と親しみを感じられる所長のマッセン博士の下で、仕事の期限に追われるこ …












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