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タグ : インドネシア

シンゴ旅日記ジャカルタ編(3)  インドネシアのお墓の巻

インドネシアのお墓の巻 (2017年8月記) ジャカルタから高速道路で東に向かうと日系商社各社が開発した工業団地群があります。 その中の一つの工業団地に隣接して大きな霊園が二つあります。 一つは中国人とキリスト教徒の霊園 …

シンゴ旅日記ジャカルタ編(1) ジャカルタを走る日本の通勤電車の巻

さあ、満を持してジャカルタ編の始まりです。第一回はジャカルタを走る日本の通勤電車の巻です(2017年11月・記)。 鉄道マニアでもない私がインドネシアの鉄道の駅に行き、列車の写真を撮ることになりました。 と、いうのは東京 …

インドネシア回想記(8)

インドネシアの主要都市 その2 中部ジャワの3都市 ①ジョクジャカルタ オランダ時代にも王政を維持し、独立後、その首長が副大統領の地位を得た「旧都」で、都市そのものが観光地だが、近郊に「ボロブドゥール遺跡」という世界最大 …

インドネシア回想記(7)

インドネシアの主な都市 1 首都ジャカルタ (人口 推定 1970年当時 以下 同じ) 300万 オランダ時代バタビアと呼ばれ、植民地支配の拠点であり、今 政治経済外交などすべての首都機能の中心である 最近のテレビ映像を …

インドネシア回想記(6)

テレコムとのビジネス 鉄道と並ぶ重要顧客がテレコムである。 当時、日本の電電公社と同じような役割をはたしていて、その本社がバンドンにあった。 意外にも、というと駐在国に対して失礼になるが、主要都市の市内通話は自動化されて …

インドネシア回想記(4)

インドネシアの自然と文化 20世紀半ばまでのオランダ時代には、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、セレベスなどの島々の名前で呼ばれ、全体としては、[蘭領 東インド]と称され、1945年、独立してインドネシア共和国となった。 全体 …

インドネシア回想記(3)

国有鐡道とのビジネス PNKA というのが、国有鉄道の略称で、PNは国営企業、Kはクレタで車、Aはアピで「火」を意味し「火の車」というのが「鐡道」の事で、実際にその財政状態を、皮肉にも表している。殆ど毎朝、ここに出かける …

インドネシア回想記(2)

事務所兼社宅の日々 バンドンの山の手の、中流住宅地。事務所スペース、主寝室、副寝室、広間兼食堂という、いわば日本の庭付き中流戸建住宅、といったところ。庭は家の前に小さいもの、裏にやや大きいものあり。 雇っている人間 コッ …

インドネシア回想記(1)

その昔、ジャワ、スマトラ、ボルネオ、セレベス 等の島の名前で呼ばれ、いずれもオランダの植民地として知られた熱帯の諸島が、1945年の日本の敗戦を機に独立して、インドネシア共和国となった。 日本は、1940年代の前半、一時 …

シンゴのきになる話㉚ 散歩していて気になる話の巻(その15)

ガンジーさんが糸車を引く写真をよく見ますが、これは英国から安い綿製品が入って来てインドの人たちが糸を紡ぐことをしなくなったので、自らが糸車を持ち出して紡いで英国の植民地政策に反対する姿勢を表したものです。塩の専売に抗議し …

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