辻本雄一
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」67
ストライキ事件の余波と「大逆事件」前夜 明治43年の年が明け、春夫が卒業までの数日をどのように過ごしたのかははっきりとは分かりません。ただ、「会誌」7号(明治44年3月)の巻頭に載っている卒業記念写真には写っています。そ …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」66
「若き鷲の子」の詩の解釈と「危機」からの脱出 中学卒業直前の春夫の動向に戻ります。春夫は書いています。―「中学五年の時に、与謝野寛氏と、生田長江氏と、石井柏亭氏との三人が、東京から私の故郷の紀州新宮の町に来て、町の劇場で …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」65
生田春月との関係(二) 春月は、大正3年以来、亡くなる昭和5年までの足かけ16年間を、弁天町・天神町など東京の牛込の地で過ごしました。詩作のかたわら独逸語専修学校の夜学でドイツ語を学んだ春月は、ハイネなどドイツ文学を紹介 …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」64
生田春月との関係 (一) 先に紹介した、罫紙12枚に記された、仮称「生田長江 紀州旅行日記」と言われるものは、長江が京都から東京に帰る東海道線の車中で、鳥取の淀江で篭居している春月の下へ激励の書簡と共に、届けられたもので …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」63
春夫不在の新宮中学ストライキ 2教諭が生徒の同盟休校を煽動したという廉(かど)で実質退任に追い込まれていますが、表立った動きは何もないようですから、体よく馘首の憂き目にあったと解すべきでしょう。物理学担当の原田岩平と修身 …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」62
新宮中学ストライキへの展開とその余波 佐藤春夫の無期停学への風当たりは、大石誠之助らを中心に新宮中学への教育批判から、寺内校長個人への批判へと波紋を広げてゆきました。なかでも、田辺の「牟婁新報」が報じた「新宮中学の怪聞」 …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」61
与謝野寛の作品掲載(二) 寛にとっては、明治43年3月に、初めての単独の歌集と言える『相聞(あいぎこえ)』という歌集が刊行されるのですが、研究家の逸見久美(いつみくみ)が『評伝与謝野鉄幹晶子』という大著のなかで、「寛の憔 …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」60
与謝野寛の作品掲載(一) 春夫が停学中、いくつかの作品を無著名で「熊野実業新聞」に投稿、掲載されていたであろうことを述べてきましたが、この頃、同紙に盛んに作品を発表しているのは、夏に再来遊した鉄幹・与謝野寛です。そうして …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」59
春夫の試作、戯曲「寝ざめ」 「脚本・現代劇・「寝ざめ」試作」は、10月20日付・22日付・24日付の3回連載です。「現代劇・試作」がタイトルに付されています。 設定は、「明治四十某年九月初旬」、場所、背景は「東京付近の海 …
館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」58
熊野実業新聞への投稿 「熊野実業新聞」は、明治33年3月、社主津田長四郎、主筆浅田江村で発行されました。それより先、明治29年12月に社主宮本守中、主筆山田菊園で「熊野新報」が発刊されていて、新宮町内の政治的立場を二分し …













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