宮川直遠
追憶のオランダ(18)歩け歩け!
もう40年近く前になると思いますが、テレビのニュース番組か何かで面白い話を紹介していました。世界中から現役の軍人、アスリート、さらに民間の健脚自慢の人たちが集まって何日も長い距離を歩き通すというユニークな大会があり、日本 …
追憶のオランダ(17)漆との出会い
漆との出会い、これは私のオランダ生活の中で、また私の人生の中でも最も大きな出会いの一つでした。もちろん、子どもの頃から生活の中で漆器に触れる機会は多少なりともありましたが、それは年数回あるかなしかでした。その漆器は正月に …
追憶のオランダ(16)ロッテフィルの想い出
私はもともとクラシック音楽にはあまり興味がなく、したがって持っているレコード・CD類もほとんどがフォークかロック、またはカントリーが殆ど。もちろん、有名なクラシックの曲のいくつかは教養程度には知ってはいますが、それ以上に …
追憶のオランダ(15)アントン・ピーク
皆さん、アントン・ピーク(Anton Pieck)という人を御存知でしょうか?オランダの画家で、本の挿絵などもたくさん描いたグラフィックアーティストでもあります。おとぎ話に出てくるような独特の画風をもった人です。 私が彼 …
追憶のオランダ(14)日本食に飢える
海外旅行・出張の時などはそんなに感じたことはないが、海外赴任で5年6年となるとやはり日本食は恋しくなるものだ。特に本格的な日本食は。 自分自身が経験したことだが、日本から海外出張した時、その地で勤務している同僚や取引先の …
追憶のオランダ(13)オランダ暮らしの便利帳
確かこんな名前だった。「オランダ暮らしの便利帳」、この小冊子には随分助けられた人は多いだろう。小冊子というには立派過ぎる非常によくできたガイドブックなのだ。特に、慣れない土地で生活を始める人のためにきめ細かく作られている …
追憶のオランダ(12)市庁舎はなぜ無傷で残った
第二次世界大戦が勃発して、オランダは真っ先に大打撃を受けた。1940年5月14日のドイツ軍による大空襲でロッテルダムは壊滅的な被害を受けた。ロッテルダム港はその当時から貿易の中心であったことから、戦略的に一番に狙われたら …
追憶のオランダ(11)ホワイトアスパラガス
今から30年近くも前の話になりますが、何度目かにオランダに出張で行った時のことです。時期は5月末頃。午前中に訪問先での仕事を終えて帰ろうとしたら、先方の人から昼食に誘われ、とあるレストランへ。そこで食べたのが初めてのホワ …
追憶のオランダ(10)ロッテルダム日本人学校
当時(1990年代)、オランダはあのように狭い国(と言っても、面積は九州くらいです)なのに、日本人学校がわずか75kmしか離れていないところに2校もありました。アムステルダムとロッテルダムです。当初ロッテルダム近辺から南 …
追憶のオランダ(9)水よりも安いビール
私はもともと酒が嫌いではありません。ビールでもウイスキーでも日本酒でもワインでも、なんでも飲みます。しかし、アルコール依存症でもありませんし、アル中などである訳はありません。自分で言うのも変ですが、私が酒を好きというより …












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