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新着記事

風戸俊城

イラン追想(その26)テヘランの思い出(13)

前号で昔テヘラン大学で、ペルシア語の日常会話と文字を教わったと書きました。 写真は筆者がペルシア語の詩の一節を専用のペンを使って習字として書いたものです。 高名な詩人、フェルドーシィのシャーナメ(王書)からの引用した一節 …

イラン追想(その25)テヘランの思い出(12)

筆者は赴任当時、半年間ほどテヘラン大学のペルシア語講座に週一回のペースで通い、ペルシア語の会話とペルシア文字の筆記を習いました。 写真は当時のテヘラン大学正門を写したものです。女子大生の姿も見えます。 構内は広く、多くの …

イラン追想(その24)テヘランの思い出(11)

イラン随一の名門大学、テヘラン大学の女子学生達の様子(1970年代)を伝える写真です。 革命前は、インテリ女性たちの多くは西欧風のファッションに身を包み、元々彫りの深い顔立ちが映える、洗練された身のこなしをしていたもので …

イラン追想(その23)テヘランの思い出(10)

この写真は筆者が滞在していた頃(1970年代後半)のテヘラン市内の目抜き通りを写したものです。 右手の看板に注目してください。 東芝製の炊飯器の広告です。 炊き上がったご飯がお釜の中に見えます。 一方で、皿に盛りつけられ …

イラン追想(その22)テヘランの思い出(9)

テヘランには中東最大のバザーがあります。中に足を踏み入れると内部は迷路のようです。 バザールでは、何かを買うために価格を交渉する必要があります。 特に高価なペルシャ絨毯を買うときは、半日かけてでも値段を交渉しなければなら …

イラン追想(その21)テヘランの思い出(8)

当時、テヘラン市内には電車も地下鉄も走っていませんでした。 市民の足はもっぱらバスか車でした。 しかしながらそこそこ工業化が進んでおり、国産の自動車メーカーがありました。 写真に写っている箱型の乗用車がイラン国産車です。 …

イラン追想(その20)テヘランの思い出(7)

テヘランの町は山のふもとに広がっています。 宮殿と豪華な住宅地は、北部地域の高地に建てられていました。 雪解け水を利用した水路が幹線道路沿いに設置されていました。 そのおかげで道路沿いに植えられた木々は堂々と生い茂り、素 …

イラン追想(その19)テヘランの思い出(6)

当時、テヘランでは都市の列車も地下鉄も走っていませんでした。 当時のイランは中東で非常にユニークなことにかなり工業化が進んでおり、国産の自動車メーカーがありました。モデル名はペイカン。 2005年までの40年以上にわたり …

イラン追想(その18)テヘランの思い出(5)

イランの最後の皇帝はレザ・パフラヴィ・シャーです。本編の(1)に載せた写真に、革命前の紙幣が写っています。すべての紙幣には国王の肖像が印刷されていました。 イランの皇帝は、古代ペルシアの栄光を取り戻す野心を持っていました …

イラン追想(その17)テヘランの思い出(4)

現地では会社が単身赴任者用に借りたアパートに住んでいました。 1つのフロアーに3つのベッドルームがあり、大きな居間と台所が共用となっていました。 居間の北側の窓から見えた風景がこの写真です。 はるか遠景に映る山々はエルブ …

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