福沢諭吉
福澤諭吉と英語(4)
前号では Society の翻訳語として、当初福澤諭吉は「人間交際」という訳を当てたと書いた。 当時、Society に対応する言葉がなく、これを日本語に訳出することは相当な困難があった。その状況で、「人間交際」という翻 …
福澤諭吉と英語(3)
前号に続いて、福澤諭吉と明治期における翻訳語について考察をしてみよう。 「社会」は明治期に作られた society の翻訳語のひとつである。明治10年代以降人口に膾炙するようになったといわれている。われわれ現代人が当たり …
福澤諭吉と英語(2)
福澤諭吉に関する研究、書物は巷にあふれている。それだけ魅力ある人物像であり、幾多の業績を残したからに他ならない。 筆者が興味を覚えるのは次のことだ。 福澤諭吉は英語をどう捉え、どう取り組んでいったのか。 福澤は欧米を視察 …
福澤諭吉と英語(1)
なぜ日本人は英語が下手なのか。それにはある偉大な人物が大きく関わっているという。 本論の題名からすでに想像がつくかもしれない。そう、福澤諭吉がその原因を作ったという説だが、掘り下げていくと興味深いものがありそうだ。 「天 …
明治十四年の政変と福澤諭吉(2)
(前稿から続く) ◆『明治十四年の政変』の顛末 明治維新以後、全国各地で明治政府に対する反乱として「佐賀の乱」や「萩の乱」などが勃発したが、明治10年「西南戦争」を最後にその勢いは収束した。 福澤諭吉は明治12年、「国会 …
明治十四年の政変と福澤諭吉(1)
2013年6月初旬にロンドンに旅行する機会を得た。ロンドン再訪は十年ぶりのことだ。(それから毎年のように訪れることになるのだったが。) 訪問に先立ち、英国の歴史、文化などをおさらいした。旅をより充実させたいと思い、旅程に …
福澤諭吉作と言われる「脱亜論」考
「脱亜論」は、新聞「時事新報」紙上に1885年(明治18年)3月16日に掲載された。巷間、福澤諭吉が述べた論説と流布されているが、その確証はなく、原文は無署名の社説である。 ただ、福澤が執筆したとみる向きも少なくなく、例 …












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